30日はソフトボール。横浜市大会2部の1回戦。 もう、年齢的に難しいので、ベンチの声出し要因にしてくれ。 というお話をするも、まずは試合を作ってくれとのことで先発。 3イニング3失点くらいを目標でマウンドに向かう。 実際、3イニング3失点。無四球・奪三振1。好捕に救われた。 被安打は不明。4-5本だったか。 若い頃と違って、追い込んでも、三振が取れなくなり 淡々とストライクと投げ込む。 7-3とリードして、若手投手に交代。 が、剛球投手ゆえにコントロールが定まらない状態が続き、 5回、ノーアウト満塁となったところで、 もう一度行けということでリエントリー登板。 こりゃ、ボコボコに打たれるぞ。覚悟して投げる。 一度休んでいるので、体のあちこちが痛いし、つりそうだが 弱音を言ってもしゃーない。 ところが、なかなか良いところに打球が飛び 随所に好プレーがでて、0失点で切り抜けた。 こういう場合、勝利+セーブがつくのだろうか。
夏の旅行が終わり、現実に戻る。 疲労が抜けない。 10年くらい前から、夏休みに旅行へいきながら 現地で仕事を処理してきたんだけども、年々 処理能力が落ちているように思う。 スキマ時間にパソコンを開いてバババッと回答するのが億劫で、スマホで済ませてしまったり。 ふと、仕事量を考えてみる。 20代を100とした場合 30代150(娘が産まれるまで) 娘が産まれてから80 コロナ以降50 もう本気を出しても60くらいしかできないと 思うようになったのはいつからか。 香港に転勤してからの4年間と起業して娘が産まれるまでの7年間は、本当に良く働いた。 周りの方々も当たり前に激務をされていたというのもある。 娘が産まれてからは、LCCで朝6時だったり深夜着の便で移動するようにしていたら、 40歳前後の2016年あたりに、甲状腺の数値がおかしくなった。 真冬の長野で、汗をかきながら腕まくりで電車を待っていて、あれ、ちょっとおかしい ぞ。と病院へ行ったのだっ た。 あの頃は、売上低下+経費爆増+第二子妊娠が同時にやってきた。 帯状疱疹がでたり、夜中に動悸がして目が醒めて、血圧を測ってみたら 恐ろしい数値だったりと体が悲鳴をあげだした。 あそこらへんで、「もう限界だ」と感じたんだと思う。あの時が分水嶺。 好きなだけ仕事や移動ができた時期が終わったのだと。 今はガス欠にならないように、エンジンがオーバーヒートしないように、 ゆっくり走るほうが重要になってい る。 時速30キロでスクーターを運転するような感じで、急ぐ時は、 社員さんに、かごの中の荷物を渡して運んでもらっている感じ。 瞬発力がなくなったことを嘆くか。 仕事を社員さんにやってもらえることを喜ぶか。